無駄から私が学んだこと

おはようございます!

長友あづさです。

最近は理由あって、ライフスタイルを

意図的に変えています。

今までは、

頭の中が常に24時間365日、

「仕事」

に占領されていました。

もちろん仕事が大好きなので、

仕事のことを考えることは

まったく苦痛でもないです。

だけど、

あまりにも

仕事というエネルギーが

頭を占領しすぎて、

合理的に考えすぎて、

「無駄」

というものを排除していってしまっていました。

例えば、

私には今年3年生になる息子と

年長の娘がいますが、

子供の送り迎えとか、

習い事の送迎とか、

別に私じゃないとダメな理由もないので、

同じ自営業の主人に

まかせっきりにしていました。

そのことが罪悪感かというと

そういうことでもなくて、

ただその時間を、

「無駄(=生産性がない)」

と認定していたことに

ちょっとびっくりしたのです。

言ってみれば、

人生に無駄なことなんて何ひとつもないのだから、

生産性があるとか

生産性がないとか、

そういうことで

起きていることの重要性を図っていたことに

ちょっとビックリとしたわけです。

子供の送迎なんて、

誰がやっても同じです。

子供を安全に届けてやる、

ということが目的なら、

その目的を達成できれば、

私でも主人でも関係ないと思って

完全に主人にまかせっきりにしていました。

で、自分で無駄と認定していた

子供の送迎を

あえて最近するようになったら

どうなったかという話ですが。

無駄じゃないってことに

気が付いたんですよね。

子供がたった10分の送迎の片道で

まぁ、いろんな気づきを与えてくれるのです。

いや、びっくりしました。

全てのことに意味があると

自分が意味づけをしたら、

ちゃんと意味あることになったのです。

先日も

私のコンサルメンバーとの

月一定例ミーティングがありました。

いつも夜10時からスタートです。

みんな眠い。

寝る?

いやいや、ミーティングに出る?

いやいや、飲みに行く?

いやいや・・・

それぞれ色々な葛藤があったはず。

で、半分くらいが欠席。

そのミーティングが

無駄だと思えば無駄。

意味づけをすれば、

かならず何か意味がある。

その前提で行けば、

出席した人がいて、

欠席した人がいて、

結果的にその「場」が出来上がって、

その「場」のエネルギーでしか

出てこないトピックが生まれ、

そこにいた人にだけ

得別に与えられた学びがある。

これは全員参加してたら

出てこなかったトピックなんですよね。

欠席した半数の人がいたことで、

保たれたバランスによって、

形成されたエネルギーだったのだから、

出席した全員が、

たまたまそろって(ワンネス)

集合意識から生まれたトピックだった。

なら、めちゃくちゃ意味があるじゃん。

って話です。

そして、欠席した人にも

それぞれ学びがあって、

この出欠のバランスにも

実はちゃんと意味があったのだと

ふと気が付いたのです。

あ~、すべては必然。

今私が運営する

起業家hub+のコミュニティで

「作り置き&肉体改造部」

を立ち上げようと思っています。

今作り置きとエクササイズを

意図的に取り入れていますが、

以前は「無駄」と認定してた

この二つのこと。

一緒に無駄を過ごしてみたいって方、

ぜひ参加表明ください(^^♪

楽しい部活をしたいと思っています!

無駄から学ぶこと、

一緒に皆さんも考えてみませんか?

では、また!
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